油ぎれ(マタイ25:1-12)

Scripture(聖書の言葉)


神の国は、ランプを持って花婿を迎えに出た、十人の娘(花嫁の付き添い)のようです。 2-4 そのうちの五人は賢く、ランプの油を十分用意していましたが、残りの五人は愚かで、うっかり忘れていました。
5 花婿の到着が遅れたので、みな横になり寝入ってしまいました。 6 真夜中ごろ、ようやく、『花婿のお着きー。迎えに出なさーい』と叫ぶ声がします。
7-8 娘たちは飛び起きると、めいめい自分のランプを整えました。その時、油を用意していなかった五人の娘は、ランプが今にも消えそうなので、ほかの五人に油を分けてほしいと頼みました。
9 『ごめんなさい。分けてあげるほどはありません。それよりもお店に行って、買ってきたほうがいいのではないかしら。』
10 こう言われて、あわてて買いに行っているうちに、花婿が到着しました。用意のできていた娘たちは、花婿といっしょに披露宴に行き、戸は閉じられました。
11 そのあとで、例の五人が帰って来て、『ご主人様、戸を開けてください!』と叫びました。
12 ところが主人は、『私はあなたがたを知りません』と答えました。

Observation(観察)


聖書で油、といえば任職の油注ぎ、神の臨在、そして聖霊様を連想させられる。愚かな5人の娘は、花婿の到着、すなわちイエス様の再臨という最も大事な局面で神の臨在、すなわち花嫁であることの証明を失ってしまう。はたしてわたしたちはどうであろうか。油ぎれをおこしたまま眠りこけてはいないだろうか。恥ずかしながらわたしはそのようなものだ。批判ばかりして神に求めることをせず、熱心に悔い改めずただ悲しむばかりで、神の力から遠く離れたところにいる。歳を取って愚痴っぽく諦めてしまうのでは無く、ますます燃え上がるクリスチャンでありたい。

Prayer(祈り)


イエス様、油ぎれを起こして軋んで過ごすようなクリスチャンでは無く、熱く燃え上がるものでありたいと願います。自分で引っ込んで教会の関わりから離れかけていたように思います。もう一度熱い場に置いてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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