つまづきの種にならないように(1コリント8:7-9)

Scripture(聖書の言葉)


7 けれども、クリスチャンの中には、このことがわかっていない人もいます。そういう人はこれまでずっと、偶像を生きているもののように考えてきたので、ただの偶像に供えられたにすぎない物を、あたかも実在する神々に供えたかのように思ってしまうのです。そのため、それを食べることがひどく気になり、傷つきやすい良心が痛むのです。 8 ただ、このことを覚えておいてください。神様は、私たちがそれを食べるか食べないかなど気にかけておられません。食べなくても損にはならないし、食べても得をするわけではありません。 9 ただし、いくら自由といっても、あなたがたがそれを食べたために、あなたがたよりも良心の傷つきやすいクリスチャンがつまずかないよう、くれぐれも注意してください。

Observation(観察)


福音に対する理解度は、人によって異なる。信じたばかりの人で聖書通読の経験の無い人にとっては、理解できないこともあるかもしれない。あるいは信仰が長くても良心が麻痺して、聖書の良しとしないことにも無関心になっている人もいるかもしれない。またはパウロの言うように他の宗教の経験や記憶に影響され、混乱している人もいるかもしれない。現代は特に情報過多で、聖書に端を発しない知識やハウツーに溢れている。
パウロは私たちの言動がそのような人のつまずきにならないように励ましている。昨日の記事とも関連するが、イエス様の救いによって神が私たちに赦されている範囲は大きい。しかしその中で何を選ぶか、何を控えるかは私たちに任されている。

Application(適用)


かつては「尖っている」クリスチャンに憧れたこともあったが、今は少し考えが変わってきた。
勿論そのような方々には特別な召しがあり、重要な働きのためにそうされている。しかし今の私の召しは誠実に神に仕える姿勢をお互いに励ますことだと感じている。いまそれが出来ているわけではないが、そこに向かって誠実にクリスチャン生活を続けたい。

Prayer(祈り)

イエス様、教会という群れの中でお互いが励ましとなれるよう、つまずきの種とならないように、私の言動を変えて下さい。もっと角が取れて、多くの人にとって安心な存在になれますように、イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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