Scripture(聖書の言葉)
“こういうわけで、アグリッパ王よ、私は天からの幻に背かず、
ダマスコにいる人々をはじめエルサレムにいる人々に、またユダヤ地方全体に、さらに異邦人にまで、悔い改めて神に立ち返り、悔い改めにふさわしい行いをするようにと宣べ伝えてきました。
そのために、ユダヤ人たちは私を宮の中で捕らえ、殺そうとしたのです。
このようにして、私は今日に至るまで神の助けを受けながら、堅く立って、小さい者にも大きい者にも証しをしています。そして、話してきたことは、預言者たちやモーセが後に起こるはずだと語ったことにほかなりません。
すなわち、キリストが苦しみを受けること、また、死者の中から最初に復活し、この民にも異邦人にも光を宣べ伝えることになると話したのです。」
パウロがこのように弁明していると、フェストゥスが大声で言った。「パウロよ、おまえは頭がおかしくなっている。博学がおまえを狂わせている。」”
使徒の働き 26章19~24節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
Observation(観察)
パウロは総督フェストゥスとアグリッパ王の前で証しをする。自身の出自から迫害者であった過去、ダマスコの途上でのイエス様との出会い、異邦人への伝道について、そして最も強調したのは「イエス様の死と復活、そして救いがユダヤ人にも異邦人にも与えられる」点であった。ここでフェストゥスが「博学がおまえを狂わせている。」と叫び証しを中断させようとする。ユダヤ人でもない、またある意味アグリッパ王よりも上位の彼を混乱させたのは何だったのであろう。福音のダイレクトな力が彼に働いたのかもしれない。
伝道していると時として激しい反応を受けるときがある。あるいは頭のおかしい人として扱われる事もある。ファッションではなく、真剣に信じて行動するクリスチャンであるほどそういったことに出くわすことがある。個人的には、キリストに狂っていると扱われて一人前のクリスチャンなのではないかと思う。生ぬるい信仰生活を捨てて、再び歩みだそう。
Prayer(祈り)
イエス様、信仰者であるが故に痛い目に会うことがあります。その時こそ聖霊様が働かれたのだと信じます。改めて前進したいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。