Scripture(聖書の言葉)
32-33 神は人間ではないので、
私は自分を弁護することができません。
もし神が人間なら、
対等な立場で話し合えるでしょう。
私たちの間には仲裁人がいません。
仲を取り持つ者がいないのです。
Observation(観察)
ヨブの苦難と神に対する不満は極限に達していた。ヨブは子供の犯したかもしれない罪のために生け贄を捧げていた。言い換えれば罪から来る裁きに対する恐れの思想に凝り固まっていたと言える。ヨブは自分を弁護できる方が居ないことを嘆く、律法と罪、そして裁きだけが神との関係ならば、そこに救いはない。イエスというお方が神と私たちの間に弁護人として仲裁してくださるから、神の厳しさはその本質である愛を表し、私たちの罪は神の愛と赦しを表す機会となった。罪による永遠の裁きはキリストによる赦しにより永遠の御国に変わった。
だれしも本当に苦しい時はある。そのようなときにはこの神の裁きとしか思えないような苦しみにイエス様がどのように関わってくださっているのか考えよう。
Prayer(祈り)
イエス様、ヨブは仲裁人がいないと嘆きましたが、いまわたしにはあなたがおられることが幸せです。罪には受けるべき罰、刈り取るべき結果があります。けれどもイエス様がいれば幸せにその期間を過ごすことが出来ます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。