帰ってきたサマリヤ人(ルカ16:11-19)

Scripture(聖書の言葉)


11 一行はエルサレムを目指して進み、途中サマリヤとガリラヤの境を通りました。 12 ある村に入ると、十人のツァラアトの人がずっと向こうのほうから、 13 「イエス様! どうぞお助けを!」と大声で叫んでいました。 14 イエスはそちらに目をやり、「さあ、祭司のところへ行き、ツァラアトが治ったことを見せてきなさい」と言われました。彼らがそのとおり出かけて行くと、途中でツァラアトはきれいに治りました。 15-16 その中の一人が、イエスのところに引き返し、足もとにひれ伏して、「ありがとうございます。おっしゃるとおり、すっかりよくなりました。神様に栄光がありますように」と言いました。実はこの人は、ユダヤ人から軽蔑されていたサマリヤ人でした。 17 「はて、十人全部がいやされたはずだが、ほかの九人はどうしたのですか。 18 神を賛美するために帰って来たのは、この外国人のほかにはいないのですか。」 19 こう言ってから、イエスはその男に、「さあ、立って帰りなさい。あなたの信仰があなたを治したのです」と言われました。

Observation(観察)


十人のツァラアトの人がイエス様に憐れみを乞うと、イエス様は祭司のところに行って治ったことを見せなさい、と言われた。そして出かけて行く途中で癒しが起きたとある。イエス様が言葉をかけられた時点でまだ病は癒やされていなかったが、従って歩いた時に癒しが起きたのだ。しかし重要なのは、イエス様の元に引き返して神に栄光を帰したサマリヤ人に対する言葉だ。「さあ、立って帰りなさい。あなたの信仰があなたを治したのです」と話された。イエス様の言葉で癒しが始まり、神に栄光を帰すという信仰が癒しを完成したのだ。私も神に様々なことを願い、かなえられたことも数多くある。しかし真剣に神に栄光を帰していただろうか。もしかしたら結果祝福を失っていたことも多々あったのではないだろうか。

Prayer(祈り)


イエス様、有名な箇所ですが、改めて栄光を帰すことを学びました。表面的な祝福の時点で満足しないで、神に感謝することで物事は完結すると理解しました。いま栄光をお返しします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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