いのちの息(エゼキエル37:11-14)

Scripture(聖書の言葉)

11 その時主は私に、この幻が告げようとしている意味を教えてくれました。「これらの骨は、イスラエルの民全体を表している。彼らは、『われわれは干からびた骨の山になってしまった。もう何の望みもない』と嘆いている。」 12 神である主はこう語ります。「そんな彼らに告げよ。わたしの民よ。わたしは捕囚という墓を開いて、あなたがたを生き返らせ、イスラエルの地に連れ戻す。 13 その時、わたしの民よ。あなたがたはやっと、わたしが主であることを知るのだ。 14 わたしの霊を注ぎ入れると、あなたがたは生き返り、懐かしい祖国に帰ることができる。その時、あなたがたはわたしが約束を果たしたことを知る。」

Observation(観察)

エゼキエルが骨に予言する幻の箇所である。干からびた骨に預言すると骨がつながり、息に預言すると息が集まり生きた人となった、と言うものだ。骨はイスラエルの民全体を表している、とも書かれている。この骨を私自身に置き換えて考えてみる。それは望みのない霊的に干からびた姿となり、敵の捕囚に成り果てた姿だ。しかし神はこの様な私を回復し、息を入れて霊的に生きたものとされる。自分の領地である自分の体を神は悪いものの支配から解放してくださるのだ。

私がどんなに霊的危機にあったとしても、神は神の物である私を、そこから回復してくださるのだ。

Prayer(祈り)

イエス様、あなたの贖いのゆえにエゼキエルのイスラエルに対する預言を自分に適用することができます。今日は今日一日、明日は明日一日、いのちの息を受けて生きるものとして下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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