Scripture(聖書の言葉)
21 それでもなお、一つの望みが残っています。
22 主の恵みは決してなくなることがない、
ということです。
私たちが滅亡しなかったのは、
主の恵みによります。
23 神の真実は限りなく、
その恵みは朝ごとに新しくなります。
24 主こそ私の受ける分で、私は主に望みを置きます。
25 主は、ご自分を待ち望む者、ご自分を求める者を
いつくしみます。
26 主の救いだけに望みを置いて、
静かに待つのは良いことです。
27 若い時にきびしく訓練されるのは良いことです。
28 その人は主から命令があったとき、
黙ってそれを受け止め、
29 下を向きますが、
ついには希望を見いだすようになります。
Observation(観察)
エスサレムの破壊と嘆きを描いた哀歌は読むと胸が痛くなるような表現の連続だ。しかしこの箇所は「それでも」と神に希望を見いだそうとする作者の信仰が絞り出されている。「28 その人は主から命令があったとき、黙ってそれを受け止め、29 下を向きますが、ついには希望を見いだすようになります。」と有る。どうしても通らなくてはならない試練の時は人生に何度もある。そのような状況の中で希望を見いだすのは、困難と嘆きのなかで希望も描いた哀歌のようだ。嘆くしかない時もあるだろう。それでも私たちは神から離れず、希望を見いだそう。
Application(適用)
ここしばらくの通読箇所は胸が痛くなるような箇所ばかりで、どのように受け止めたら良いか苦しむことも多い。けれどもこのような中から神の恵みと教えを発見しようとすること自体が、苦難の中でも神に希望を見いだす訓練なのだと理解した。「苦しみにあったことは私にとって幸せでした。それにより私はあなたのおきてを学びました。詩篇 119篇71節」ともある。わたしはどのような状況でも神の教えの中に生きたい。
Prayer(祈り)
イエス様、一連の聖書の箇所のように苦しみの連続、避けられない試練が人生にはあります。それでも希望を見いだす選択を私はします。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。