Scripture(聖書の言葉)
6 もし、主を礼拝するために特別な日を守っているなら、主をあがめようとしてすることなので、良いことなのです。偶像に供えた肉を食べる人についても、同じことが言えます。彼はその肉のことで主に感謝しているのですから、正しいのです。そんな肉には触れようともしない人もまた、主に喜んでいただこうと願うからそうするのであって、感謝しているのです。
7 私たちは、自分のために存在しているのではなく、主のために存在しているのです。
Observation(観察)
私たちクリスチャンは、各々の状況に応じ、様々な教会、群れに集っているが、教会の中であっても経験やバックグラウンド、習慣の異なる人たちが集まっており、結果として様々な価値観を持つ人たちの集団になっている。そうなると当然いろいろな摩擦が起きてくる。よかれと思って行ったことが別の人にとっては過去の傷を抉るようなことであったり、摩擦をさけてかえって希薄な人間関係の中に埋没してしまう人もいる。言い換えればどのような行動も全ての人が一様に満足できるようなことは出来ないということだ。他者を尊重しようと努力しても自ずと限界がある。互いに不完全な人間が集まっているのだから当然の帰結と言えるのかもしれない。
ただ、御言葉はどう教えているか、この事にフォーカスすることが人間関係に疲れ切らない秘訣があるような気がする。「7 私たちは、自分のために存在しているのではなく、主のために存在しているのです。」私自身の存在は私のためではない。私を嫌な目に合わせた彼、彼女も彼らのために存在しているのではない、ただ神の為に存在するのだ。だから私は私の存在を否定できないし、気の合わない人々を否定することもすべきではない。ただ神を肯定する事だけが私が群れの中でポジティブに生きて行く道だと感じる。
Prayer(祈り)
イエス様、何度も他者を否定し、逃げ、新しいところでやり直そうとしては失敗してきました。今回はそうではない道を選びたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。