神の正しさと愛(ローマ3:3-6)

Scripture(聖書の言葉)

3 確かに、ユダヤ人の中には不忠実な者がいました。しかし、一部の不忠実な者が神との約束を破ったからといって、神も約束を破られるでしょうか。 4 絶対にそんなことはありません。たとえ世界中の人がうそつきでも、神は真実な方です。このことについて詩篇には、「神のことばに誤りはない。だれが疑いを差しはさもうと、いつも真実で正しい」と書いてあります。 5 ところが、こんなふうに主張する人がいます。「でも、私たちの神に対する不忠実は、むしろよかったのではないか。人々は、私たちがどんなに悪い人間であるかを見て、神がどんなに正しい方であるかに気づくだろうから。」すると、彼らの罪が神の役に立っているのに、罰せられるのは不公平だということになるのでしょうか。6 それは全く違います。罪を見過ごすような神があるでしょうか。そんなことで、神はどうして人をさばくことがおできになるでしょう。

Observation(観察)

神とユダヤ人の関係について、パウロはその永続性を語っている。一部の者達の違反があったとしても。神はご自身の約束を損なう方ではなく、正しい事を行われる方だ。しかし、一方で、自分が過ちを犯すことがかえって反面教師になって神の役に立つ、と主張する人々が現れた。パウロはこれを真っ向から否定する。神は愛の神であられると同時に正しい神である。神の正しさは神そのものの本質であり、神は正しくないことを行うことは無い。したがい全ての罪について人の後付けの理屈などに惑わされず、正しく裁かれる。唯一の例外は罪を認めた人に対してイエス様の身代わりによる赦免である。このことによって神は正しさと愛の両方を矛盾なく持たれているのだ。

Application(適用)

だから、私たちは自分たちの弱さや失敗について、あれこれ言い訳や理屈を考える必要は無い。ただ悔い改め、神の元に安心して立ち返ろう。

Prayer(祈り)

イエス様、人間は色々なことを考え出して、自分の罪を隠したり、誤魔化したりしようとします。しかしそれは神様の喜ばれる道ではありません。正直に罪を明らかにし、悔い改める物を神は喜ばれます。私は相変わらず言葉と思いで罪をおかす物です。すぐに悔い改める心の
柔らかさを与えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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