誠実に生きる(ローマ2:12-16)

Scripture(聖書の言葉)

12-15 外国人が罪を犯した場合、たとえ彼らが文字に書かれた律法を知らなくてもさばかれます。彼らは心の奥底では、正しいことと悪いこととを区別できるからです。その心の中には、律法が書かれているのです。つまり、彼らの良心が、彼らを責めたり、また時には弁護したりするわけです。

ユダヤ人が罪を犯した場合は、神が彼らを罰せられます。律法が与えられているのに従わないからです。彼らは何が正しいかを知りながら、実行しません。結局のところ、なすべきことを知りながら実行しない人はさばかれるのです。 16 神の命令によって、キリスト・イエスが、すべての人の心の奥底に潜む思いや動機をさばかれる日が、必ず来ます。このことは、私が伝えている神の偉大なご計画の一部です。

Observation(観察)

パウロはローマに住むユダヤ人達に対し、律法を知っていても従わないユダヤ人よりも、律法を知らなくても神に従う外国人を神は喜ばれると断じている。
このユダヤ人と外国人の関係を、クリスチャンとノンクリスチャンの関係に置き換えるとどうだろうか。私たちが「イエス様によって救われている」と言いながら罪の生活を続けているなら、ノンクリスチャンの人々に対し、なんの自慢にもならないのではないだろうか。むしろ神が誰であると知らなくても神の前に誠実に生きるノンクリスチャンの方が神に喜ばれているのではないだろうか。
たしかに救いは絶対的で、信じる全ての人に与えられている。けれどもそれに胡座をかく事無く、誠実に神に従う生き方こそ、まだ神を知らない、けれども誠実な人々を神に導く働きが出来るのだ。


Prayer(祈り)

イエス様、救いによって私たちの本質が変えられたなら、その行動も言葉も思考も変えられたいです。イエス様を証する物となり、救いの計画にある全ての人の前に灯台となり、道しるべとなりたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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