いつも祈ろう(マタイ25:36-40)

Scripture(聖書の言葉)

36 それからイエスは、弟子たちを連れて、木の茂ったゲツセマネの園に行かれました。そして弟子たちに、「わたしが向こうで祈っている間、ここに座って待っていなさい」と言い残し、 37 ペテロと、ゼベダイの子ヤコブとヨハネだけを連れて、さらに奥のほうへ行かれました。その時です。激しい苦悩と絶望がイエスを襲い、苦しみもだえ始められました。
38 「ああ、恐れと悲しみのあまり、今にも死にそうです。ここを離れずに、わたしといっしょに目を覚ましていなさい。」
39 三人にこう頼むと、イエスは少し離れた所に行き、地面にひれ伏して必死に祈られました。「父よ。もしできることなら、この杯を取り除いてください。しかし、わたしの思いどおりにではなく、あなたのお心のままになさってください!」
40 それから、弟子たちのところへ戻って来られると、なんと、三人ともぐっすり眠り込んでいるではありませんか。そこで、ペテロを呼び起こされました。「起きなさい、ペテロ。たったの一時間も、わたしといっしょに目を覚ましていられなかったのですか。 41 油断しないで、いつも祈っていなさい。さもないと誘惑に負けてしまいます。あなたがたの心は燃えていても、肉体はとても弱いのですから。」

Observation(観察)

十字架での死を前にし、イエス様は苦悶しながらその使命を果たすべくゲツセマネの園で祈られた。弟子達には離れたところで待つように言い残された。また「目を覚ましていなさい」と言い残された。そのような大事な時にもかかわらず弟子達は極度の睡魔に襲われる。イエス様は二度彼らを起こしたが、結局彼らは起きていることが出来なかった。ペテロに対しイエス様は「 41 油断しないで、いつも祈っていなさい。さもないと誘惑に負けてしまいます。あなたがたの心は燃えていても、肉体はとても弱いのですから。」

私にも経験があるが、極度のストレスに追い込まれると、人間は眠ること以外出来なくなる。体の活動を最小限にして事態をやり過ごすことを選んでいるのかもしれない。しかしイエス様は「いつも祈っていなさい。さもないと誘惑に負けてしまいます」と教えられた。現実は眠っていても改善しないことがほとんどだ。ならば積極的に神に介入していただくよう、祈りを選択すべきなのではないだろうか。

「あなたがたの心は燃えていても、肉体はとても弱いのですから。」ともイエス様は言われた。例え眠り込んだり失敗したとしても。いまだ私たちの心が燃えていることをイエス様は否定されなかった。祈りによって肉体は奮い立たせることが出来、誘惑に打ち勝つことが出来るのだ。

Prayer(祈り)

イエス様、肉体の弱さを数多く体験してきました。弱さを覚えるとき、祈りを選択できるようにこの御言葉を心に刻みたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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