Scripture(聖書の言葉)
25 そこでイエスは、彼らを呼び集め、言われました。「この世の普通の人たちの間では、王は暴君であり、役人は部下にいばり散らすものです。 26 だが、あなたがたの間では違います。リーダーになりたい者は、仕える者になりなさい。 27 上に立ちたいと思う者は、身を低くして仕えなければなりません。 28 メシヤのわたしでさえ、人々に仕えられるためではなく、みなに仕えるためにこの世に来たのです。そればかりか、多くの人の罪の代償として自分のいのちを与えるために来たのです。だからあなたがたも、わたしを見ならいなさい。」
Observation(観察)
「リーダーになりたい者は、仕える者になりなさい」とあるが、仕える者全てがリーダーになるわけではない。資質的に不適合な人もいるだろうし、仕えることを好んでも、人の上に立つことを望まない人もいるだろう。しかし、そのような人間の状況とは無関係に、イエス様は人に仕え、ついには十字架につけられ死なれ、よみがえることで全てのものの上に挙げられた。人には各々果たすべき役割と立場がある。リーダーになる人も、ずっと下働きの人もいるだろう。しかし、自分の役割を受け入れ、淡々とは働く時に神が働かれる。無駄な向上心ではなく、日々の役割を果たせることの喜びを見出そう。
Application(適用)
僕は当時流行った繁栄の神学の影響を強く受け。無駄な向上心に操られていたように思う。教職につきたい。講壇から説教をしたい、メッセージで人を泣かせたり笑わせたりしたい。人の人生に関与したい。これらは神から出た欲求でなかった。一度これらの願いは全て神様にお返ししよう。
その上で残ったものを大事に育てよう。
Prayer(祈り)
イエス様、長年召しと欲求がごちゃ混ぜのような気持ちで過ごしてきました、今一度、願いを全部神様にお返しします。つくばに教会を建てたいという願いも持ちましたが道は開かれませんでした。するべきことは他にあるのだと思います。それがなんなのか、教えて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。