Scripture(聖書の言葉)
20 私はユダヤ人といっしょにいる時は、ユダヤ人のようにふるまいます。それによって、彼らが福音に耳を傾け、キリストに導かれるためです。また、ユダヤ教の習慣や儀式を守っている外国人といっしょにいる時は、私自身はそのことに同意していなくても、議論したりはしません。何とかして、彼らを助けたいからです。 21 異教徒といっしょにいる時は、できるだけ、彼らに合わせるようにしています。もちろん、クリスチャンとしての正しさだけは失わないように気をつけますが。こうして、彼らに合わせることによって、その信頼を得、彼らをも助けることができるのです。 22 良心を悩ませやすい人たちのそばでは、自分の知識をひけらかすような行動をしたり、「それは考えが足りない」などと指摘したりはしません。すると、彼らのほうでも心を開いてくれます。その人が救われるためには、私はどんな人に対しても同じ立場に立とうと心がけています。 23 これは福音を伝えるためであり、また、キリストの救いに導かれる彼らを見て、私自身も祝福を受けるためなのです。
Observation(観察)
パウロの伝道の姿勢について、彼自身が語るのは、「自分の知識を押しつけず」クリスチャンとして間違った行動をしない限り、彼らのそばに居る、というものだ。
「22bその人が救われるためには、私はどんな人に対しても同じ立場に立とうと心がけています。 23 これは福音を伝えるためであり、また、キリストの救いに導かれる彼らを見て、私自身も祝福を受けるためなのです。」
伝道にあたっては、自分の経験、知識を押しつけるのではなく、その人に寄り添い、必要な助けの手をのべる、と言うことだ。
自分の知識や正しさで壁をつくって縮こまっていては、教会は成長しないし、「神と人を愛する」ことは実践されない。
私たちの受ける報酬は自己満足ではなく、「23 これは福音を伝えるためであり、また、キリストの救いに導かれる彼らを見て、私自身も祝福を受けるためなのです。」
Application(適用)
未信者の人と教会で話すとき、なかなか福音の話に至ることが出来ないこともある。つい焦って話を飛ばして、「ところでイエス様についてどう感じますか?」などと聞いてしまうこともあり、失敗だったなと感じている。一方で世間話だけをして帰られる方もあり、これで良かったのかなと後悔することもある。
しかし大事なことは、その人に寄り添い、その人の痛みと必要を理解する事だと今は感じる。多くの言葉ではなくても、その姿勢でイエス様を表してゆきたい。
Prayer(祈り)
イエス様、自分勝手な自分主導の伝道ではなく、その人の心に寄り添い、理解することが大事だと分かりました。うまく実践できないかもしれませんが、心を込めてこの働きをしたいと思います。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。