Scripture(聖書の言葉)
“次に、偶像に献げた肉についてですが、「私たちはみな知識を持っている」ということは分かっています。しかし、知識は人を高ぶらせ、愛は人を育てます。
自分は何かを知っていると思う人がいたら、その人は、知るべきほどのことをまだ知らないのです。
しかし、だれかが神を愛するなら、その人は神に知られています。”
コリント人への手紙 第一 8章1~3節
聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会
Observation(観察)
パウロは偶像に捧げた肉の例えで、知識による行動よりも愛による行動を取るべきだと述べている。知識を得て、「存在しない無力な神に捧げた肉」は人を害しないとわかっていても、未熟な、異なるバックグラウンドを持つ人にとってはそれを食べることはショックを与えることになる。
知識の正しさに基づいて振る舞うより、愛を持って行動を控える、人々を支える方がより優れた行為なのだ。
この節は知識と愛について、二つの対比を行なっている。
1.知識は人を高ぶらせ、愛は人を育てます
2.自分は何かを知っていると思う人がいたら、その人は、知るべきほどのことをまだ知らないのです。しかし、だれかが神を愛するなら、その人は神に知られています。
知識について、何か知っていると思っているなら、まだ必要な知識には届いておらず、それは高ぶりに通じる。
神を愛するなら、神はその人を愛し、育てて下さる。
神によって私たちが神の愛を知り、知識も得るなら、周りの人々を愛し、育ててゆくことができる。
Application(適用)
私は学ぶことが好きで、知識を得ることを楽しんでいた。しかし、知らず知らずのうちに得た知識で他人を裁く思いを持っていたのかもしれない。
まだ私は、知るべきことの麓にすら至っていない。謙遜になって学びを続けよう。同時に神と人を愛し、神によって、神の子供として育てていただこう。神に愛される事で、人を愛することを学び実践しよう。
Prayer(祈り)
イエス様、知識と愛について学びました。知識だけではあなたに近づくことはできません。神に愛されていることを知り、神と人を愛し、謙遜になって学ぶところにあなたの知恵があるとわかりました。
これからの歩みを祝福して助けて下さい。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。