とどまる(Ⅰコリント7:20-24)

Scripture(聖書の言葉)

20 また人は、神の救いを受けた時にしていた仕事を続けるべきです。 21 あなたが奴隷でも、そのことを気にしてはいけません。もし自由の身になる機会があれば、もちろん自由になりなさい。 22 もし奴隷であって主に招かれたのなら、キリストは恐ろしい罪の力からあなたを解放して、自由の身にしてくださったことを忘れてはなりません。また、もしあなたが自由人であって主に招かれたのなら、今はキリストの奴隷であることを忘れてはなりません。 23 あなたがたは、キリストが代価を払って買い取ってくださった身であり、キリストのものなのです。ですから、こうしたこの世の誇りや恐れのすべてから自由になりなさい。 24 愛する皆さん、それぞれがクリスチャンになった時の状態にとどまっていなさい。主が今、助けてくださるからです。

Observation(観察)

パウロは、救われた状態に留まることを勧めている。たとえそれが奴隷であったとしても、気にしてはいけないとまで言っている。私たちはいつも、少しでも良い仕事や立場を求めてジタバタ足掻いてしまう。

しかし私たちはもっと本質的な所でこの世の中の求めるものから離れた立場に置かれている。言い方を変えればもはやこの世は私たちを評価できない、計測不能な存在なのだ。その事にもっと目を向けよう。

一方でパウロは「キリストは恐ろしい罪の力からあなたを解放して、自由の身にしてくださったことを忘れてはなりません。」と述べている。救われる前の自分が何に囚われていたのか、それを忘れてはいけない。罪に鈍感になると、神の救いにも鈍感になる。真に価値のあるもの、真に忌避すべきものを見分ける目を持とう。

Application(適用)

今の仕事で評価されてもされなくても、出世できても出来なくても、キリストの救いの方が遙かに重要で、その事を喜び続けたい。たとえて言うなら大富豪の相続権を持った人が道ばたの百円玉を拾い損ねたかどうか、という程度の問題だ。

神を喜び、罪を遠ざける生活を取り戻そう。

Prayer(祈り)

イエス様、救われた人を測る量りはもはやこの世のものではありません。私たちを測るのはただ神様だけです。この世を喜ばせることを止め、神を喜ばせることに集中したいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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