Scripture(聖書の言葉)
12 キリストが禁じておられること以外、私には、何でもする自由があります。しかしその中には、自分のためにならないこともあります。たとえ、してよいことであっても、それに捕らえられたら最後、やめようとしても簡単にやめられないことには手を出しません。
13 食べることについて考えてみましょう。神様は、物を食べるために食欲を与え、消化するために胃を備えてくださいました。だからといって、必要以上に食べてよいということにはなりません。食べることが第一だなどと考えてはいけません。なぜなら、いつの日か神様は、胃も食べ物も取り上げられるからです。
Observation(観察)
私たちは律法から解放され、罪の赦しも得た存在だ。しかし律法から離れたからと言って何でもしてかまわないというわけではない。神の喜ばれるものと喜ばれないものがあり、聖霊様はそれを教えて下さる。それを無視して自分の好き勝手をして神様を悲しませようとは思わない。
とくに依存性のあるものには本当に注意しなくてはならない。医療に用いるものでも自分の快楽に用いれば簡単に度を超して、身体的にも精神的にも依存症になってしまう。
何を食べ、何をするにしても自分のためにするのか、隣人と神の為にするのか、それによって結果は全く異なってしまう。
たとえば家族の安寧のために適切な量と内容の食事を取れば健康が保たれるが、偏食、暴食は病のきっかけになってしまう。そのような行動の背後には自分を破壊しよとする自己否定の思いがあるのではないかと自分の経験を通して感じている。
Prayer(祈り)
イエス様、何を選ぶか、何を食べるかもあなたの喜ぶものを選びたいです。健全な生き方を選び、神様と楽しんで生きることが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。