単純なことば、知恵のことば(Ⅰコリ2:3-7)

Scripture(聖書の言葉)

3 私は弱々しく、おずおずと震えおののきながら、あなたがたのところへ行きました。 4 また私の説教も、説得力ある雄弁なことばや人間的な知恵にはほど遠く、単純そのものでした。しかし、そのことばには神の力があって、聞く人々は、それが神からのことばだとわかったのです。 5 私がそうしたのは、あなたがたの信仰が、人間のすぐれた思想にではなく、神に根ざしてほしかったからです。

6 とはいえ、成長したクリスチャンの間では、私はすぐれた知恵のことばを語ります。しかしそれは、この地上の知恵ではなく、また滅ぶべき運命にある、この世の支配者の気に入る知恵でもありません。 7 私たちのことばに知恵があるのは、それが神から出た教えで、天の栄光に導く、神の知恵に満ちた計画を告げるものだからです。私たちの語ることは、以前は隠されていましたが、世界の始まる前から私たちのために備えられていたものです。

Observation(観察)

パウロはかつて敢えて単純な言葉で説教を語ったとある。福音が人間的な思想や哲学に置き換えられてしまわないようにである。しかし、その言葉には神の力があって、聞く人にはそれが神の福音だと理解できた、とある。根幹がしっかりと神に繋がった言葉には説得力があるのだ。

一方でパウロは「成長したクリスチャンの間では、私はすぐれた知恵のことばを語ります」とも言っている。ベーシックを覚えたものには、更に言葉による知恵の継承がある。「それが神から出た教えで、天の栄光に導く、神の知恵に満ちた計画」と言っている。私たちが御言葉を学ぶのは神の知恵に満ちた計画なのだ。ことばを受け取り用いることは神の働きに加えていただき、一緒に働くという栄光なのだ。

Application(適用)

通読を繰り返していると、同じ箇所、同じ聖句でも感じ方が異なることがある。年を経るにつれ聖書と自分の関係が変化し、より多くを語られるように感じる。御言葉を読むことと、自身に適用し自身を変化することを、止めずに続けてゆきたい。

Prayer(祈り)

イエス様、御言葉を頂き、自らに適用します。日々の学びを通し、正しい御言葉の理解を頂きたいと願うものです。

自身の思惟思索を、自分の経験で積み上げたものから、聖書の真理に置き換えて行けますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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