耳のある人になろう(マルコ4:9-13)

Scripture(聖書の言葉)

9 聞く耳のある人はよく聞きなさい。」

10 その後、イエスが一人になられると、十二人の弟子とほかの弟子たちが、そろってイエスに尋ねました。「先生。さっきのお話はどういう意味でしょう。」

11 イエスはお答えになりました。「あなたがたには、神の国の真理を知ることが許されていますが、ほかの人には隠されているのです。 12 預言者イザヤが言ったように、『彼らは見もし、聞きもするが、悔い改めて神に立ち返り、その罪を赦していただくことはない』(イザヤ6・9)のです。 13 それにしても、こんな簡単なたとえがわからないのですか。そんなことで、これから話すほかのすべてのたとえは、どうなることでしょう。

Observation(観察)

イエス様は御国の真理を喩えでで話された。一つはパリサイ派や祭司達に訴えの口実を与えないためもあったかもしれないが、「聞く耳のある人」に対して話されていた、という側面もあるのかもしれない。イエス様から直接お話を聞く機会があっても、ぼんやり表面上だけ聞いている人は喩えだけ聞いて首を傾げて去って行ったかもしれない。同様の喩えを聞いても、何を意味しているか真剣に聞く人は悟ってますますイエス様に聞き従うようになったであろう。

Application(適用)

現代でもぼんやりと時々聖書を開き、日曜日にぼんやりメッセージを聞いて過ごしてしまうなら、イエス様の私たちに本当に伝えたいことを聞きそびれてしまう。毎朝の聖書を読む時間、礼拝でメッセージを聞く時間に集中しよう。

また、無意識に理解しないようにしていることもあるかもしれない。心に秘めた負い目があるときには、メッセージが余りに鋭く、まぶしく、受け止めることを避けてしまう。私にもそのような経験がある。まっすぐに聖書に向き合い、イエス様のお話を聞くには、へりくだった、悔いた心が心が必要だ。

Prayer(祈り)

イエス様、自分の心をごまかさず、まっすぐに聖書に向き合う生涯を与えてください。先週は体調が悪くて大変でしたが、それでも聖書だけは離さずに過ごせたことを感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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