Scripture(聖書の言葉)
26 神様は全人類を、一人の人間アダムから造り、すべての国民を全世界に散らされました。あらかじめ、どの国が興り、どの国が滅びるか、いつそうなるか、何もかも決め、国々の境界をもお定めになったのです。
27 これもみな、人々が神を求め、神を探し出すためでした。事実、神様は私たちから遠く離れておられるのではありません。 28 私たちは神の中に生き、動き、存在しているのです。あなたがたの詩人の一人が、『私たちは、神の子孫だ』と言ったとおりです。 29 もしこのとおりなら、神を、金や銀、あるいは石のかけらなどで人間が造った偶像のようなものと考えるべきではありません。
Observation(観察)
アテネにやってきたパウロは、ギリシア人達にイエス様を証する。ギリシア人達は多神教の文化と、高度に発展した学問、特に哲学の中に居た。そのようななか、パウロが証するイエス様の話は、彼らにとっては数ある神、宗教のひとつに過ぎなかったかもしれない。しかしパウロの姿勢は一貫している。神は思考や哲学のなかの概念では無く「神様は私たちから遠く離れておられるのではありません。」と神は私たちと関わられる方だと明言し、彼らにとって親しみのあるクレタ島のエピメニデス(BC600年頃)の詩を引用し「私たちは、神の中に生き、動き、また存在しているのです。」と語り、神は偶像の様なものにはお住みにならないと、明言している。
アテネでの人々の反応は冷笑的なものではあったが、それでも幾人かの重要な人がクリスチャンになったと伝えられている。
どのようなシチュエーションでも、異なる文化背景に対してであっても、自身の信じることを明確に伝える姿を私は見習いたい。
エピメニデスは「私を含むクレタ人は皆嘘つきだ。さてこれは真実か?」というパラドックスで有名な人である。
人間の思考の枠の中で考えると簡単にパラドックスに陥ってしまう。こんな例ですら解決できないほど、人間の思考の力には限界がある。
わたしは、ただ「アーメンである方」「在りて在る方」である神に仕え、証し生きてゆきたい。
Prayer(祈り)
イエス様、高度に発展した学問も、神の実存を理解することは出来ません。ただ神だけが神を人に伝えたのです。イエス様が来られたから、私たちは自分が何者なのか理解できました。ただ感謝します。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。