重要な神様の働き(使徒5:17-20)

Scripture(聖書の言葉)

17 これを知った大祭司と、その一族であるサドカイ派の人たちはみな、激しいねたみにかられ、 18 うむを言わせず使徒たちを逮捕し、留置場に放り込みました。

19 しかし、夜、主の使いが来て、留置場の戸を開け、使徒たちを外に連れ出して言いました。 20 「さあ宮へ行き、このいのちの教えを大胆に語りなさい。」

Observation(観察)

使徒達の起こす奇跡はますますめざましくなり、妬みに駆られた使徒達が捕縛されるのはこれで3度目である。しかしこの三度目でも神は彼らを解放し、イエス様の教えを伝え続けることを励ました。

三度も神の介入があるのに同じ事を繰り返す祭司や議員達もどうかと思うが、神の側からしても、この弟子達がエルサレムで奇跡の業を持って宣教することはとてつもなく重要なポイントだったのだろう。後の時代になって、書物になったことで、私たちは俯瞰的に考察できるが、当時を生きた使徒達は、ただ毎日、命がけで神に従う、それだけであったように思う。仮にそのような時代に生きたとして、そのような生き方をわたしは出来るだろうか。

Application(適用)

その答えは分からない。その人の使命はおかれた時代と神様の必然による。使徒達の命がけの宣教は勿論重要だが、今日僕の起こす何らかのアクション(例えば家族におはようとあいさつする)が、もしかすると歴史を変えるきっかけになるかもしれない。それだから、ひとつひとつの言葉、行動を大事にしよう。神様が喜んで用いて下さいますように。

Prayer(祈り)

イエス様、これまでの言動の乱雑さを悔い改めます。特に言葉を、心の中の恣意を改めて行きたいです。

イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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