Scripture(聖書の言葉)
13 翌日、モーセはいつものように座って、朝から夕方まで人々の間の不平や訴えを聞いていました。 14 全く息つく暇もありません。モーセのあまりの忙しさに驚いたイテロが聞きました。「一日中こんなに大ぜいの人が、あなたに相談しにやって来るとは。どうして、この山のような仕事を一人だけで片づけようとするのか。」
15-16 「それは、難しい問題が起きると、みな私のところへ来て判断を仰ぐからです。裁判官のように、どちらが正しいか、どちらが間違っているかを決めたり、神様が求める生き方はどういうものかを教えたりします。みんなのために神のおきてを実際問題に当てはめて裁くのです。」
Observation(観察)
この箇所では、モーセがイスラエル人一人一人の問題に面談して解決を与えていたことが描かれている。舅のイテロは驚き、民を組織化して小さな問題は自分たちで解決することを提案する。民族の自治の方法としては妥当な方法だ。
一方、注目すべきはこの時点でモーセには十戒が与えられていなかったことだ。神の教えは明文化されておらず、イスラエル人に数百年伝わる伝承が信仰の基準になっていたと考えられる。
それでは人々は自分の考え通りにしか行動しない。神の民を率いるには明確な基準が必要であった。(それでも彼らは言うことを聞かず40年間荒野をさまよったのだが)
新薬の時代はどうであろうか、ヘブル書では「わたしは、わたしの律法を彼らの思いの中に入れ、彼らの心に書きつける。(8:10)」と書かれている。「思い」と「心」感情と理性に神は働きかけて下さるのだ。
Application(適用)
心が乱れたり、悩んでいるときは御言葉が遠くになってしまう事がある。聖句が思い出せなかったり、実際に聖書を開くことが億劫になってしまうことがしばしばだ。しかし、御言葉はこころに書き付けられている。私たちに必要なのはちょっとした行動なのだ。SNSを開く前に通読箇所のブックマークを開く。休憩の時に過去のデボーションを読み返す、どんなことでも良いので神様に一歩近づこう、そうすれば神様も大きな一歩で近づいて下さる。
Prayer(祈り)
イエス様、人間ですので元気のあるときも無いときもあります。でもどんなときでも変わらないのは御言葉です。自分の気持ちよりも御言葉にすがりたいです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。