Scripture(聖書の言葉)
50-52 そのころ、ユダヤの最高議会の議員で、アリマタヤ出身のヨセフという人が、ピラトのもとに行き、イエスの遺体を引き取りたいと願い出ました。彼はメシヤが来るのをひたすら待ち望んでいた神を敬う人物で、他の議員たちの決議や行動には同意していませんでした。 53 ヨセフはイエスの遺体を十字架から降ろし、長い亜麻布に包んで、まだだれも葬ったことのない、岩をくり抜いた新しい墓に納めました。
Observation(観察)
罪人として十字架に付けられたイエス様に積極的に関わろうとする人はもう居なかった。弟子達ですらそうだった。彼らは指導者を失った喪失感で崩れ落ちていたかもしれない。しかし、一人の人物だけがイエス様の葬りの準備を進める。アリマタヤのヨセフである。共観福音書ごとに記述は異なるが、イエス様のシンパであり、信仰深い人物であったようだ。
他のユダヤ人達の狂騒的なイエス様への害意のなかで、彼の行動には非常に危険が伴ったと思う。それでも彼は自分のなすべき事をした。彼の立場も危ういものになったのかもしれないが、どうしてもこの時、彼がすべきことはこれだったのだ。このヨセフのように、ピンポイントで重要な働きをすえう人物が聖書には登場する。(クレネ人シモンや聖骸布のヴェロニカ)
Application(適用)
先日のロバの子の話にも共通するが、歴史にはその瞬間「どうしても起きなくてはならない事柄」があるような気がしてならない。言い換えれば、神の計画は必ず成る、と言うことだ。
もしも私たちがその場に居合わせ、その働きをするよう促されたなら、恐れずにそれをしよう。そのために私たちは生まれてきたのだ。
Prayer(祈り)
イエス様、星々に各々役割があるように、人々にも各々役割があると分かりました。長く光り続ける星もあれば、一瞬夜空を照らす働きの星もあるかもしれません、あるいは何十年もたってから理解される彗星の様な星もあるかもしれません。
私の時、私の役割は分かりませんが、それと分かったとき、命も賭してそれを成し遂げられますように。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。