祝福を大事にする(創世記27:33-37)

Scripture(聖書の言葉)

33 なんということでしょう。イサクは見る間にぶるぶる震えだしました。「では、ついさっき鹿の肉を持って来たのはだれだったのだ。私はそれを食べて、その男を祝福してしまった。いったん祝福した以上、取り消すことはできない。」

34 あまりのショックに、エサウは気が動転し、激しく泣き叫びました。「そんな、ひどいですよ、お父さん。私を、この私を祝福してください。ね、どうかお願いします、お父さん。」

35 「かわいそうだが、それはできない。おまえの弟が私をだましたのだ。そして、おまえの祝福を奪ってしまった。」

36 「ヤコブときたら、全く名前どおりだ。『だます者』〔ヤコブという名には『つかむ人』(25・26)以外に、この意味もある〕とは、よく言ったものだ。あいつは長男の権利も奪った。それだけでは足りず、今度は祝福までも盗んだってわけか。お父さん、念のため聞きますが、私のためには祝福を残してくれていないのですか。」

37 「すまんが、私はあれを、おまえの主人にしてしまった。おまえばかりではない。ほかの親類の者もみな、あれの召使になるようにと祈った。穀物やぶどう酒が豊かに与えられるとも保証してしまったし……、ほかにいったい何が残っているというのだ。」

Observation(観察)

イサクがエサウに与えるべき祝福を、ヤコブに与えてしまった件である。エサウの暗愚さとか、ヤコブの狡猾さ、リベカの歪んだ愛情、いろいろ背景はあるが、ここでは「祝福」について考えたい。

イサクの言葉には「いったん祝福した以上、取り消すことはできない。」「穀物やぶどう酒が豊かに与えられるとも保証してしまったし……、ほかにいったい何が残っているというのだ。」という表現がある。

イサクの祝福は一族に与えられた祝福の継承であり、有限の物であった。一方でこれには、一族の長として役割を継承する意味合いもある。ただ家畜や子孫の繁栄を祈るだけでは無く、その背後には神の与えてくれたミッションを引き継ぐ、という重大な意味を含んでいる。

第二コリントには「神の恵みをむだに受けないようにしてください。」ということばがある。イサクの祝福は有限で引き継がれたら取り返すことも分けることも出来ないが、神の祝福は求めるならば無限に与えられる。と同時に、祝福を受けることは神の働きに立候補するということでもある。

Application(適用)

かつて、色々な聖会に出向き、沢山の牧師に祈っていただいた事を思い出している。勿論先生方は善意で、一生懸命祈って下さった。今の僕を形作ったのは、諸先生方の祈りによるものも大いにあると思う。受け継いだ祝福とミッションを良く祈り受け取り、どのような形であれ今後も神の働きに関わって行きたい。

Prayer(祈り)

イエス様、沢山の祝福を感謝します。あなたから預かっているお働きに誠実に仕えることが出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

コメントを残す