Scripture(聖書の言葉)
17 その時、主は考えました。「わたしの計画をアブラハムに隠しておいていいだろうか。 18 アブラハムの子孫は大きな国になるのだし、世界中の国々が彼のおかげで祝福を受けるのだ。 19 わたしは彼を選んで、主を敬う、正しく善良な者たちを彼の子孫から起こそうとしている。その約束は果たさなければならない。」
20 そこで主は、アブラハムに打ち明けました。「ソドムとゴモラの住民は、すっかり悪に染まってしまったという。ずいぶんひどいことをしているようだ。 21 今、その知らせがほんとうかどうか調べに行くところなのだ。向こうに着けばはっきりわかるだろう。」
22-23 ほかの二人は、そのままソドムへ向かいましたが、アブラハムはなお主の前に立っていました。彼は恐る恐る神に近づいて言いました。「お尋ねしてもよろしいでしょうか。あなたは正しい人も悪人も同じように殺してしまうおつもりですか。 24 もしあの町に正しい人が五十人いたとしても、それでも滅ぼされますか。その人たちのために町を救おうとはなさらないのですか。 25 だとしたら、正義はどこにあるのでしょう。悪人も正しい人もいっしょに殺してしまうなどということを、あなたがなさるはずはありません。もしも、もしもそんなことをされるなら、正しい人も悪人も全く同じ扱いをされることになってしまいます。あなたは決してそんなことはなさらないでしょう。全地をさばかれる方は、公平でなければならないのですから。」
Observation(観察)
悪徳と背徳の町であったソドムとゴモラを滅ぼそうとする神のご計画について知ったアブラハムは僅かにいるであろう正しい人のために執り成しを続ける。神を前にしての交渉は恐ろしい事では無かっただろうか。
神との契約があったとは言え、神に対して異を唱えることの恐ろしさは、最も神を畏れる者であったアブラハムにとってどれほど大変なことであったか。
しかしそれでもアブラハムは退かず、懸命に交渉を続ける。彼をそれほどまでに駆り立てるのは、単に甥ロトのためばかりでは無く、世と神のギャップを埋める、執り成し手としての使命に出会ったのかもしれない。その使命の故に神は、あえてアブラハムに神のご計画を告げたのかもしれない。
この世と神のギャップを埋める、破れ口に立つという行為は、イエス様の十字架の予表の一つでもある。
同時に、私たちにも同様に執り成しの働きが期待されていることを忘れてはならない、
Application(適用)
クリスチャンになってしばらくは、この世から離れることが正しいことだと思っていた。逆にある時期はこの世的に成功しつつ人間的な弱さをオープンにするクリスチャンが正しいあり方だ、とも思っていた。
どちらも今は間違いだと感じる。弱さは神に告白し、謙遜に神に本気で従い、この世と人々のために真剣に祈り執り成す事が神に求められている姿と思う。同時に自分の至らなさを悔い改める日々だ。
Prayer(祈り)
イエス様、足りない者ですが、執り成しの働きに加えてください。イエス様が人々を愛され、救おうとして下さっているからです。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。