アブラハム契約(創世記15:17-18)

Scripture(聖書の言葉)

“日が沈んで暗くなったとき、見よ、煙の立つかまどと、燃えているたいまつが、切り裂かれた物の間を通り過ぎた。

その日、主はアブラムと契約を結んで言われた。「あなたの子孫に、わたしはこの地を与える。エジプトの川から、あの大河ユーフラテス川まで。”

創世記 15章17~18節

聖書 新改訳2017©2017新日本聖書刊行会

Observation(観察)

アブラハム契約と呼ばれる箇所である。契約の準備として、献げ物を二つに割き、向かい合わせに並べることを主はアブラムに命じられた。本来ならば、契約を結ぶ双方が献げ物の間を通ることで対等な関係としての契約が成立するが、主なる神はその様にせず、アブラムを深い眠りにつかせ、お一人で契約を成立された。これは、アブラム側には何の条件もつけず、神お一人が一方的に祝福を約束される契約であることを意味している。

そしてこれは、無条件の救いを下さるイエス様の十字架の契約の雛形である。

重要なのは祝福に先立って、その後ろ盾として契約が存在することだ。

私たちが苦しい時、神の祝福を求めるが、その時どの様な契約の故に祝福が約束されているのか、思い起こさなければならない。

神の祝福は、神様側、イエス様側100%の好意による一方的な契約によって与えられ、私たち側の努力や熱心による物ではない。唯一私たちがすべきなのは契約を結んでくださった神への感謝である。

Application(適用)

物事がうまくいかないと、「このことで神が怒っているのかも」「これこれが不足しているから祝福が届かないのかも」と思ってしまいがちになる。一方で物事が順調だと神の方に心を向けず、自分が努力したからだ、と思いたくなってしまう。どちらも間違いだ。神を信じた私がすべきことは、あらゆる時に、全てを神からのものと受け取り、契約を信じ、神を賛美し喜ぶことなのだ。

Prayer(祈り)

イエス様、自分が足りないと思うことも、自分が正しいと思うことも、自分を神よりも上と思う高ぶりから来るものと知りました。

どの様な状況でも、ただ神を讃え、喜び続けるものと変えて下さい。

イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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