Scripture(聖書の言葉)
24 よく言っておきます。わたしの言うことを聞き、わたしを遣わされた神を信じる人にはだれでも、永遠のいのちがあります。罪のために罰せられることは絶対にありません。すでに死からいのちに移っているのです。 25 はっきり告げましょう。死人が神の子であるわたしの声を聞く時が、もうすぐ来ます。いや、もう来ているのです。そして、聞いた者は生きます。
Observation(観察)
イエス様は、「神を信じる人にはだれでも、永遠のいのちがあります。罪のために罰せられることは絶対にありません。すでに死からいのちに移っているのです。」と言われている。また、「死人が神の子であるわたしの声を聞く時が、もうすぐ来ます。いや、もう来ているのです。」とも言われている。イエス様の声を聞き、神の声を信じる前の人は生きていても死んでいる人であり、信じた人はその瞬間、いのちに移ると言われている。救いはどの瞬間にもあり、逆にイエス様から離れた刹那、救いは失わないのかもしれないが、死人のような生活に簡単に舞い戻ってしまうとも言える。
Application(適用)
救いは瞬間に起こるが、それはずっと続くプロセスである、僕が初めてイエス様を信じたのは随分前になるが、あらゆる瞬間にイエス様から目を離さなかったかといえば、決してそうではない、何度となくイエス様を見失い、この世の価値観にどっぷりと浸かることの繰り返してあった。そんな状態を聖書は「死人」と表現している。神に従うと口で言いながら、この世を愛する二重構造を平気で過ごしていた。リビングデッドさながらである。
しかし、それでもイエス様は「聞いた者は生きます。」と言ってくださる。悔い改めの機会、イエス様に立ち返る機会は絶えずある、今立ち返って、いのちを得よう。聞いて生きよう。
Prayer(祈り)
イエス様、何度もイエス様のことばに耳を向けず、顔を背けて過去の生活に近づこうとしていたことが何度もありました。光に顔を向けていなければ、闇を見ていることに気づいていませんでした。また闇を愛する人間の本性に立ち向かうことができませんでした。こんな愚かな弱い人間です。それでも、イエス様の声を聞いたものは生きると、決して変われことのないみことばが約束してくださいます。今日一日、イエス様の方を向いて生きることができますように、一歩一歩、イエス様の方に向かって歩いてゆけます様に。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。