焼け尽くす様なイエス様への想いを持ちたい(ヨハネ2:13)

Scripture(聖書の言葉)

13 ユダヤ人の過越の祭り(パン種を入れないパンを食べる、年に一度のユダヤ人の祭り)が近づき、イエスはエルサレムへ行かれました。 14 宮の境内には、供え物用の牛や羊、鳩を売る商人たちと、座って両替をしている人たちがいました。 15 それを見て、イエスはなわでむちを作り、商売人たちをみな追い出し、鳩や羊や牛を追い散らし始めました。次々に両替人の台をひっくり返したので、お金があたり一面に散らばりました。 16 イエスは鳩を売る者たちに、「それを持って出て行きなさい。父の家を金もうけの場所にしてはいけません」と言われました。 17 そのとき弟子たちは、「神の家を思う熱心が、わたしを焼き尽くす」(詩篇69・9 神のことを熱心に思うあまり、 心は焼け尽きそうです。 私があなたを弁護したため、 敵は、あなたに対してするように、 私に侮辱のことばを投げつけてきます。)という、聖書の預言を思い出したのです。

Observation(観察)

神殿を訪れたイエス様は、神殿内での商売人たちを追い払う。とはいえ、彼らの商売は供え物を売るための商売であり、神殿と無関係な物ではなかった。一見すると正当な仕事をしている彼らを、イエス様が突然暴れて追い出した、と見える箇所である。

しかし、イエス様は「父の家を金儲けの場所にしてはいけません」と言われた。神の家を聖く保つことをイエス様は願われた。正当な商売であり、神殿に関わる商売であったとしても、そこには貪欲や人を利益の対象とみなすような思いが商売人たちにはあったかもしれない、そこで買い物する人々も、もっと安く買いたいなど、自分の懐具合を気にしてしまい、神のことを第一にしない姿勢があったのかと思う。

Application(適用)

この箇所で述べられている神殿を、現代の教会、と置き換えること物できるが、むしろ私は、自分の内面についての想いを正すように、イエス様に語られている様に思う。イエス様を受け入れた時から、私のたましいは神様の住まうところとなったはずである、しかし、今私のうちにあるのは、暮らし向きの不安、繰り返し襲ってくる苦い記憶、明日の仕事の心配、など神様に思いを向ける前に邪魔になる考えばかりである、祈ろうとする時、聖書を読もうとする時、そのような思いに足を引っ張られ、なかなか神様に思いが向かわない。僕の中のそういった思いもイエス様が追い出してくれないであろうか。「神の家を思う熱心が、わたしを焼き尽くす」とある。引用された詩篇は「神のことを熱心に思うあまり、 心は焼け尽きそうです。 」と書かれている。私自身が焼け尽く様な神への思いをいただき、神に向かうことを妨げるあらゆる邪魔な思いを焼き尽くしたい、そう願う。

Prayer(祈り)

イエス様、あたながエルサレムの神殿でなさったように、私の内面の信仰を邪魔する思いをすべて追い出したいです。「神の家を想う熱心」とあります。私の心にはあなたがお住まいなると聖書で学びました。あなたを熱心に想う私と変えてください。そして焼け付く様な思いを持って、あなたに向かうことを邪魔するすべての思惟を追い出して、あなたに語り、語られる時間を日々持てますように、イエス様のお名前でお祈りします。アーメン。

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