Wonderland Devotion
金持ちとラザロ
ルカ16:27-31
27 金持ちは言いました。『ああ、アブラハム様。それならせめて、ラザロを私の父の家にやってください。 28 まだ五人の兄弟が残っているのです。彼らだけは、こんな目に会わせたくありません。どうぞ、この恐ろしい苦しみの場所があることを教えてやってください。』 29 『それは聖書が教えていることではないか。その言うことを聞くべきです。』 30 金持ちはあきらめません。『でも、アブラハム様。彼らは聖書を読みたがらないのです。ですが、もしだれかが死人の中から遣わされたら、彼らも罪深い生活を悔い改めるに違いありません。』 31 アブラハムはきっぱり言いました。『モーセと預言者たちのことばに耳を貸さないのなら、だれかが生き返って話したところで、彼らは聞き入れないだろう。』」
金持ちとラザロのたとえで、地獄に行った金持ちは天国に行ったラザロを金持ちの兄弟に遣わして欲しいとアブラハムに嘆願する。金持ちは「もしだれかが死人の中から遣わされたら、彼らも罪深い生活を悔い改めるに違いありません。」と述べるがアブラハムの答えは「モーセと預言者たちのことばに耳を貸さないのなら、だれかが生き返って話したところで、彼らは聞き入れないだろう。」と言うものであった。
この「だれかが生き返って」はイエス様を連想させる。実際に死人の中からよみがえられたのだから、ユダヤ中の人が信じてもおかしくない、と聖書を読み始めのころ私は思った。しかし、聖書の中でもユダヤでイエス様を信じた人は多数派では無かった。これほどの奇跡を見聞きしても信じない人はいる。私も必死に福音を伝えても応えてくれない人も多い。人の心を動かし、悔い改めに導く鍵は見つからない。それでも私は種を蒔き続ける。結果が得られれば嬉しいが、結果の善し悪しにかかわらず私には福音を伝える使命がある。
イエス様、福音を伝える事への情熱が絶えることがないように助けて下さい。失われようとする魂に福音を恐れず伝える事が出来ますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。