Wonderland Devotion

信仰に生きる

ヘブル11:13-16

📖SCRIPTURE聖書の言葉
13 信仰に生きたこの人たちは、神に約束されたものを手にしてから死んだのではありません。しかし彼らは、約束のものが待っているのを望み見て、心から喜びました。この地上がほんとうの故郷ではなく、自分がほんのつかの間、滞在する旅人にすぎないことを自覚していたのです。 14 そう認めた時、彼らは心から、天にある故郷を慕い求めました。 15 もし彼らに、この世の魅力ある生活に戻る気があったなら、いつでも戻れました。 16 しかし彼らは、それには目もくれず、神が用意された天の都を一心に見つめていました。それで神は、彼らの神と呼ばれることを誇りとなさったのです。
👀OBSERVATION観察
ヘブル書11章冒頭には「さて、信仰は、望んでいることを保証し、目に見えないものを確信させるものです。」(新改訳)とある。この「保証」とは「実体」とも訳することが出来る。これまで律法、至聖所、祭司などについて、この世に在る物は天の実体の影であると学んできた。信仰によって神の約束を望むなら、その実体はすでに神のもとにあると信じることができる。何でも望むなら天に何かが出現するという理解ではなく、「信仰によって望むなら」と考えるべきだ。信仰による望みは信仰の深さ、強さによって変わって行く。ヘブル書11章はいわば信仰列伝であるが、彼らが究極的に求め手にしたのは「天にある故郷」すなわち御国である。「彼らは、それには目もくれず、神が用意された天の都を一心に見つめていました。」とある。イエス様も「御国を来たらせたまえ」と祈るように弟子達に教えた。私たちは今何を望んでいるだろうか、それは御国への道につながるものだろうか・
❤️APPLICATION適用
信仰は望んでいることの実体である、と初めて聞いた時、私は狂喜した。信仰があれば何でも望むなら手に入るのだ、信仰を手に入れよう、そのような姿勢で信仰生活を続けてきた。何か違う、と感じたのは20年も経ってからだ。「願っても受けられないのは、自分の快楽のために使おうとして、悪い動機で願うからです」(ヤコブ4:3)という御言葉を聞き、自分が如何に信仰を自分の欲望と置き換えていたかがわかり愕然とした。今私の願いはただ神のお役に立つことである。何かの立場や尊敬は求めない。使命も召命も人それぞれ違う。しかし、そのすべては神の御国へとつながっている。ただ神が喜ばれることを願い、天の御国を待ち望もう。
🙏PRAYER祈り
イエス様、あなたの御国が来ますように。そのためにどうか用いて下さい。私の弱いところも長所も全てあなたがご存じです。あなたと共に働きたいのです。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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